July 07, 2009

8月の七夕

仙台の七夕と並んで、富山の高岡も有名です。
何十年ぶりに降りた駅で迎えてくれたのは、色とりどりの短冊を付けた笹飾りと懐かしい笑顔のおばちゃんでした。
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すっかり忘れていたのですが、8月1日から7日まで「七夕祭り」だったのです。
町のメインストリートには約1,000本の笹が飾ってあり、いろいろなイベントが行なわれるそうです。
駅前には駅舎を遥かに超す20メートルの巨大笹や、願い事の短冊で垂れ下がった笹トンネルがありました。
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「祭り」と聞いちゃぁ、黙っていられない江戸っ子魂。着いたばかりで疲れていたけれど、夕方に町に出て見た。

昼間と違った趣で、赤い火のともった提灯が揺れる笹飾りは幻想的でした。
「セイャー」と騒ぐ祭りもいいけれど、金魚すくいやおもちゃの露天をひやかしながら笹の下を歩くのも、郷愁にかられもの悲しく懐かしく、いいものですね。(って、あんたの故郷はここかい!!ひとり突込み)

昔は願い事をした笹を最後には川に流していたそうです。が、近年、環境を考え取りやめているそうです。
江戸幕府が七夕を年中行事に取り入れてから、今のように庶民に親しまれたそうです。高岡も江戸時代ぐらいから定着したらしいです。
江戸っ子の頃のお願い事はもっぱら、習い事の上達を祈願。織姫の機織からいているのでしょうかね。
しかし、星を見上げロマンチックな気分になっていたのは、江戸っ子と京都ッ子の都会者だけっだったそうですよ。
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「高岡七夕」という日本酒を見つけました。富山の立山もうまいですからね。ちょっと期待。
縁側で蚊取り線香をくゆらせながら、2つの星を肴に一杯。なんて、ロマンチック。
(うちには縁側は無いんだけれど・・・・・)

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September 10, 2006

鋳物の町

富山県高岡市金屋は鋳物の町です。高岡にはいたるところに鋳物があります。
駅の改札に巨大鍋、ロータリーには大友家持の像。商店街のあちこちに鋳物。旧家の庭にも鋳物。奈良、鎌倉に続く日本三大仏『高岡大仏』もあります。Imono
ライオンの像には猛獣のためか、脚に鎖が巻きつけてありました。

東京で鋳物の町と言えば、埼玉県川口。キューポラのある街、工場を想像しますが、金屋は電柱もない石畳の道に千本格子の家が軒を並べ、城下町の風情です。

Inono2道沿いには母屋、中庭を挟んで土蔵、その奥に工場(吹屋)なので、道路からは工場が見えません。土蔵で母屋と隔てることで、もし火災になった時の延焼を避けるためだそうです。

町の起こりは古く、慶長14年(1609)、前田利長が高岡に城を築き、慶長16年に河内から勅許鋳物師の流れを組む7人の鋳物師を招いて、金屋町に住まわせました。
鋳物師たちに免税など職業的特権を与えられたそうです。
Kanaya
元和元年(1615)の一国一城令で高岡城は廃城となり、武士も金沢へ引き上げた。城下に人がいないんじゃ商売にならないので、町民も移ろうと思っていたら、三代藩主利常が転出禁止の布告を発し、町民の足留。城下町をそのまま商工業都市とし、産業の発展に力を入れた。

当初は鍋、釜、鋤、鍬などの日用品や農機具などを製造していたが、江戸時代後期になると、銅鋳物の生産が盛んになり、釣鐘や仏像などが作られるようになりました。
1873年にウィーンで行われた万国博覧会にも出展。芸術性の高い美術品も多く作られるようになったそうです。
町内で今でも続けているのは5件ほど、ほとんどが時代のせいか大工場化となり、郊外に移っていったそうです。

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September 05, 2006

いろいろな形に見える岩

重要文化財・菅野家(富山県高岡市木舟町36)の庭石です。
能登から船で運ばれてきた砂岩で、侵食された部分が滝のように見えるところから、枯山水風にしたのではないでしょうか。

しかし、滝というよりは。。。。。。

人によっては布袋様のお腹とか、蛙に見える人もいるそうです。

そうも見えないんだよね。
私には「グー」に見える。手をグーっと握った形。
そう見えたのは私だけではないそです。
先人もそう見えたみたいで、「幸運を握る手」として噂を聞き、遠くから見に来た人もいたそうです。菅野家の豪商にあやかろうと言うことでしょうか。
Ishi_1

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重要文化財 菅野家住宅

1900年の大火で町の半分以上を焼失した山町筋は燃えにくいということで、土蔵の町屋になりました。Dozou
山町筋の土蔵の中でもひときわ大きい菅野家は、店の間、店座敷、仏間、本間などの一部を一般公開しています。なぜならば、人が住んでいるからです。
お嫁に行った娘さんが里帰りをしていて、中を案内してくれました。Rennga1

菅野家は江戸時代末期から明治にかけて廻船の興隆に伴い財産を築きました。
明治には高岡銀行、高岡電灯を設立する一方で、政界にも進出するなど高岡の政財界の中心的存在でした
今は高岡瓦斯株式会社になっています。瓦斯???これはガスと読みます。上がってすぐの店の間に昭和初期から今までのガスの歴史が展示されています。昔、実際にあったガスの自動販売機がありました。To

奥の間は意匠を凝らしてあり、壁はなんと朱色。瑪瑙の粉を混ぜてあるそうです。ざらさらしていて、掃除の時に洋服なんかを擦ってしまうと色が移り、落ちないそうです
壁が赤と言うのは抵抗がありますが、えび茶に近い落ち着いた朱色です。ミョウにマッチしています。

その先に仏間。すごい!壁一面がお仏壇。黄金の曼荼羅です。Hisashi

覗き込んでバチが当たるんではないかと思っていたら、これは飾り仏壇で仏様はいらっしゃらないそうです。法要などの催事のときに仏様を移すそうです

その次の間が中庭が望める本間。
柱や長押には柾目の桧や尾久杉などを使用。北前船で運んできたそうです。Shoumei
天井にはスズランのような大正時代のシャンデリアが下がっていました。かわいい。これはほしいですね。今の時代でも十分合うと思いますよ
不思議だったのが、葡萄の木で作ったテーブル。これは別に綺麗でもなく、と言うか木の目がまだらで気持ち悪い。どういう意図で作ったのか。。。。話しによると、希を狙ったのではないか、人がしないようなことをしたかったのでは。とのこと、お大尽の考えそうなことだね。Ki

ここの主は中庭がお気に入りのようで、お客用のお風呂から中庭が見えるようになっています。
庭には朽ちた木が立っています。なんの酔狂かと思いきや、1900年(明治33年)の大火の名残だそうです。教訓として残したのかどうか分かりませんが、今では庭の一部になり趣があります。

隣りの土蔵は喫茶店になっていたので、一休み土間のテーブル席、奥の座敷があります。風通しがよく、扇風機が置いてありましたが使う必要はないですね。
強い日差しと対照的で中は暗くひんやりしています。座敷の畳もひんやり。座布団をうちゃって座りました。漆喰の白壁も涼を増します。Kisa

中庭を見ながら抹茶白玉をいただき、時間を忘れ長居をしてしまいました。
時間も空気もゆっくり流れ、ボーッとしていたわりには充実感があり、充電したなぁ。と言う感じ。来てよかった。

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September 03, 2006

土蔵のある町並み

富山県高岡市の山町筋は土蔵の町です。Imgp6527
仏壇屋さんも土蔵、呉服屋さんも土蔵、薬屋さん、喫茶店、普通の会社も土蔵、もちろん町の資料館も土蔵です。資料館は元校長先生のおじいちゃんが案内をしてくれます。はかり屋さんも土蔵と思ったら半分、洋風??昭和の始めに道路拡張があって、削りとられ左半分が石造りの建築になったそうです。面白い。
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町の名前の由来は、豊臣秀吉が、後陽成天皇と正親町上皇を聚楽第に迎え奉るときに使用した「御車山」を、加賀初代藩主・前田利家が拝領。二代藩主・利長が町民に与えたそうです。
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今でも、5月1日の高岡御車山祭では山町筋を山車が練り歩きます。

土蔵の町になったのは明治33(1900)年に市街地の半分以上を焼失する大火の後です。Imgp6566
県は建築規則で防火構造を義務づけたため、土蔵もしくは耐火に強いレンガづくりの町並になったそうです。

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重厚な土蔵や当時最新のレンガの西洋建築は相当お金がかかったと思うのですが、さすが前田候のお膝元、しかも旧北陸道の街道沿い、そして日本海と言えば「北前船」豪商がいない訳が無い。土蔵の地味なイメージとは違い、内装は贅を凝らしていました。
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また、所々に明治・大正の面影が残るルネッサンス風の建物もあります。
その中でも富山銀行は圧巻で、1914年に東京駅を設計した辰野金吾氏が監修したそうです。
赤レンガの壁面に緑青の銅板葺き。柱や窓には花こう岩を使ってありました。所々に細かいレリーフがしてあり、1回見ただけでは見きれません。
会議室のステンドグラスや天井の漆喰も素晴らしいそうです。残念なことに中に入れませんでした。
Imgp6569
この町の凄いところは重要文化財だったりしているところで、普通に住んで生活していたり、商店や会社、銀行が普通に業務を執り行っているところです。
現代の暮らしでは不都合なことがいっぱいあったり、建物の保存が大変だと思うのですが、町全体が歴史ある町を残そうと頑張っています。
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ひな祭りには旧家に伝わるお雛様を町全体で飾ったり、8月には「土蔵フェスタ」と名を打って、それぞれの家の所蔵品を展示したりイベントを行なうそうです。
ちなみに、重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。今年、5月には小泉総理も来たそうです。

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August 29, 2006

屋根の上のステゴザウルス

屋根の上に槍の穂先のような尖ったものが並んでいました。
厳しいその姿に、忍び返しか泥棒避けかと思いましたが、「雪割り」というものでした。
名前の通り屋根に雪が積もると2っに割り、屋根から滑りやすくするものだそうです。

めまいがするほどの炎天下に、ここが豪雪地だということを忘れていました。

富山県高岡市土蔵の町で見つけました。
Yuki

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August 27, 2006

短い夏

日本で海水浴に行くのはなかなか難しい。
海に入れる期間が短いからだ。
特に今年は7月中は雨ばかりで、海開きしたものの海の家は閑古鳥。
8月に入って、やっと暑くなっても、お盆を過ぎるとクラゲがでたり、波が高くなったり、そしてなんと言っても台風がやってくる。水の事故が増えるのもこの時期。

だから海水浴に行けるのはほんの僅かの期間。貴重で余計に楽しく思える。

富山県氷見の長尾海水浴場に行ってきました。
高岡から氷見線に乗って行こうと思ったのですが、駅に着いて呆然。1時間に1本しかない。しかも出たばっかり。
東京の3分に1本の電車に慣れた私たちには予想外の展開。
やむおえずタクシーで。
Amaharashi

最初、雨晴海岸にしようと思ったのですが、岩が多く小さい子供連れだったので、もう少し砂浜でも遊べるような広いところに変更。
ここは小さい頃に来たことがある思い出地だったので、ちょっと残念。
歌人、大伴家持は、この雨晴の風景をこよなく愛し、多くの歌を残したそうなので、大人の方は万葉世界に浸ってみてはいかが。
海の先には立山連峰が折り重なり、海、山、空をいっぺんに楽しめる。
蜃気楼が見えるのもここ辺ですよね。
Nagao

で、私たちはその先の長尾海水浴場で遊ぶことにしました。
ここは長く白い砂浜がつづき、子供達も安全に遊べます。そのせいか、子供連れが多かったですね。
ボランティアの方たちも充実していて、安全に楽しく遊べました。ありがとう。

ちなみに立山連峰は見えませんでした。
と、言うか、子供に気を取られて見ていませんでした。なんせ、子供達は初めての海。こちらも迷子にならないか、日焼けは大丈夫か、潮に流されないか・・・・心配事が山ほど、ほとほと疲れました。

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