October 01, 2008

紀文

みかんで有名な紀伊国屋文左衛門ですが、材木商です。

寛永寺の根本中堂の材木を調達したことが切っ掛けで、バブル街道まっしぐら。幕府御用達になりました。

当時の老中、阿部正武との癒着があったんじゃないかと言われています。

急にお金持ちになると、お金の使い方がわからなくなっちゃうんですかねぇ。

紀文の豪遊ぶりは有名ですよね。

初鰹を食べるために江戸中のカツオを買占め、そのなかの1本だけを食べたとか、

深川八幡様に純金のお神輿を3基も寄進したりとかね。

紀文のバブル終焉は阿部正武と綱吉の死とともにやってきました。

次に政権についたのは新井白石で、彼は緊縮政策を行なったため、大規模な公共工事がなくなっちゃったんですね。

最後は自ら廃業して終わりました。

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寛永寺は上野戦争で焼失してしまい、現在の根本中堂は川越の喜多院の本地堂を移築したものです。

慶喜が謹慎していたときに籠もっていた「葵の間」が残っているそうなんですが、普段は一般公開をしていないみたいですね。

寛永寺  

東京都台東区上野桜木1-14-11

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September 30, 2008

読めそうで読めない漢字

『竹の台』普通は『たけのだい』と読んでしまいますが、
これは『たけのうてな』と読みます。


上野公園の噴水があるあたりを江戸時代『竹の台』と呼んでいました。
寛永寺根本中堂があったところです。

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December 22, 2007

池波正太郎記念文庫

池波正太郎さんの書斎を見て来ました。

『自分で自分と戦う仕事』と言っていらしただけに、『憩い』というものがこれっぽっちもない。

復元された書斎は狭く、後ろには迫る本棚。机は袖机に挟まれ、身動きが取れないようになっている。そのためか、手を伸ばせば必要なものが手に入るようにものが配置されている。
お盆にはポット、お茶の缶、銀色のウィスキーボトル。
直筆の原稿の上には万年筆、トレーに置かれた数々のペン。絵筆、硯、インク吸い取り、羽箒、眼鏡が2っ。
重厚な本に混じって置かれたピースの丸い缶が6個

自分を追い込んだ緊張感のある空間です。
仕事の取組方を反省してしまった。


生前、自分の故郷は浅草と上野の間と言ってらしたとおり、ここは言問通りとかっば橋商店街の交差しているあたり、台東区生涯学習センターの中の図書館の中にあります。


圧巻は時代小説コーナー。戦前から現代までの小説や資料が常時3000冊以上公開されています。
タイトルや作家の名前を見ているだけでもワクワク((o(^-^)o))
もちろん池波正太郎さんの本もこれでもかっと言うほど揃えてあります。
あれもこれも読みたくって、絞るのが大変です。
Chushin

企画展示もあり、今回は『中一弥挿絵原画展』
池波正太郎はもちろん、吉川英治、野村胡堂、山本周五郎、山手樹一郎、山田風太郎、司馬遼太郎、藤沢周平などなどの挿絵を描いた人で、名前は知らなくても絵は見たことがあると思いますよ。

12月になるとやってくる忠臣蔵。大石内蔵助の生涯がかかれた『おれの足音』の原画が展示してありました。

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November 06, 2006

酉の市

江戸時代から続く商売繁盛の行事、おとり様に行ってきました。Imgp7205


今年の一の酉は土曜日で行った時間も早かったせいか、人の出が少ないような気がしたのですが、鳥居に近づくにつれて、身動きがままならなくなり、止まったり動いたり規制されました。
やっぱり、こうでなくっちゃ。
活気がないと、来年も不景気なんじゃないかと、縁起が悪い。

参拝してから、いつもの福田屋さんでおかめさんを買う。
福田屋さんはいつも石原慎太郎さんが贔屓にしているらしく、毎年大きな熊手に売約済みの札が下がっている。
いつの頃からか、伸晃さんの札が下がり、良純さんも加わり、そして最後に宏高さん。石原ファミリー総揃い。

べつに、石原ファミリーが買っているからここにしているわけではなく、「福田」という縁起のいい屋号がお気に入り。
福田屋さんの猫のようにやぐらの上で札を書いているおじいちゃんも大好きなのです。

今年もよいお顔のおかめさんに巡り会えました。
ありがとう。
おかめさんは水商売の人が買っていくもんだ。と言われたのですが、毎日お顔を見て「あぁ、こういう優しい、にこやかな顔をしなければ・・・・」と自分の顔を作るんですよ。
多少の嫌なことだったら、チャラにできますよ。

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August 13, 2006

江戸のタバコ自販機?

さすが、浅草。キセルと刻みタバコの自販機がありました。洒落ているね。
国際ビューホテルの並びのかどのたばこ屋さんです。
キセルの隣りのいちごのタバコも気になる。
Kiseru

昨今、健康ブームのせいか、アメリカの真似か、どこに行っても禁煙になって喫煙者は肩身が狭い。
江戸初期も何度か幕府が喫煙を禁止したのだが、効き目がなかった。江戸中期には吸わない人が珍しいほどになったそうです。

そのおかげか、たばこ盆に贅を凝らした蒔絵のものをつくったり、煙草入れを工夫したり、根付は今でもコレクションする人がいるし、煙草も文化だったんですね。
浮世絵や美人画などタバコを吸っている絵が多いですよね。吉原の太夫の隣りには煙草盆とか。
ある意味、煙草は社交に欠かせないものだったんでしょうね。

ちなみに、私は煙草の煙がダメでくしゃみが止まらなくなります。
煙草を吸わないとイライラするんだったら吸ってもいいけれど、くしゃみがうるさいですよ。
嫌がらせのように出ますから。

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July 23, 2006

豪雨災害にお悔やみ

ここのところの豪雨で各地に被害が続出。自然災害とは言え、やりきれません。
「なんで、こんなことになったのか。なんも、悪いことしてないのに・・・・」流された家を前にして泣き崩れていたおばあちゃんの言葉が耳に残ります。

温暖化のせいなのか、自然破壊のせいなのかわかりませんが、今の被害状況もさることながら50年100年先のことを考えて対処しなければいけないのでしょうね。

今から約200年前の文化年間、江戸浅草あたりは水はけも悪く、僅かな雨でも洪水になってしまた。見かねた豪商合羽屋喜八は私財を投げ打って治水のための掘割工事を始めた。
そこまではよかったが、工事は難航し遅々として進まない。
往生していたところを助けてくれたのが大川の河童たち。夜な夜な現れては工事を進めてくれて、目出度く掘割は完成した。
それ以来、その河童を見た人は運が開け、商売が繁盛したそうです。
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合羽橋には黄金のカッパ、『かっぱ河太郎』が光り輝いています。
商売繁盛を願ってか、きゅうりとお水が供えてありました。
カッパの神様にお祈りする時は拍手を打つものなのかどうなのか、悩みながら、取り合えず手を合わせました。
「どういか少し、水の神様を諌めてください。。。。。」

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April 30, 2006

江戸の郷土料理

汗ばむ陽気だと思えば、次の日にはマフラーを巻くような花寒。
せかく浅草に来たのに寒くって鼻水が止まらない。こんな日は春だけれども、鍋!
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『一文』でねぎま鍋を食べることに。
ここは築50年ぐらいの町屋で中に入ると土間に水車が回っている。TVや雑誌でときどき紹介されているので、知っている人も多いかも。


2人で行ったので鍋は多いかなぁと思ったのだけれど、とりあえず温まりたかったので、ねぎま鍋と日本酒。
あと、つくね。ここのつくねはちょっとしたハンバーグ。温泉玉子をつけて食べます。うまい!
鯨もお薦めの一品。


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東京の郷土料理って無いような気がするんだけれど、「ねぎま鍋」は数少ないなかの一つ。
冷蔵庫などなかった江戸時代、脂の塊だったトロは捨てていた。赤身のほうが重視されていたんですね。
で、安かったトロとネギをしょう油で煮込んだ鍋がうまかったので庶民の家庭に広がったそうです。

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February 27, 2006

針供養

針供養は「社日(しゃにち)に針線を止む」という中国の古いならわしがもとだったらしい。
江戸時代は女性の行事として盛んに行われ、和裁の師匠の家などでは、裁縫を習う針子たちが晴れ着姿で集まり、材料を持ち寄って五目飯(ごもくめし)を炊き、それと共に、1年間に折れた縫針(ぬいばり)を豆腐やこんにゃくに刺して神に供え、針仕事の上達と、針で怪我をしないように祈願しました。

浅草の淡島明神さんにお参りに行ってきました。いつも、ひっそりと行なわれていたと思ったのですが、着物を着た婦人会?の人たちが仕切っていて、華やいでいました。
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淡島明神は、元禄年間に紀伊国の加太神社を勘請。淡島明神の俗称があるためこの堂も淡島堂と呼ばれています。
加太神社の祭神は「婆利才女(はりさいにょ)」と言う神様で「婆利」が「針」を連想させるので、針仕事の上達を祈るようになったといわれます。
また、淡島明神は、江戸時代より婦人病、性病の守護神として女性の信仰を集めたそうです。
2月8日は「事始の日」でもあって、田畑に関する作業をこの日から始めたそうです。始めがあれば、終わりもあって、12月8日が「事納め」。昔からこの両日をまとめて「事八日(ことようか)」と言い、この日は、魔物が家の中をうかがっているので、身をつつしむ日とされ、針仕事も休んだそうです。
関東では、針供養を「事始」に行い、関西では「事納め」と聞いたような気がしたのですが、どちらでもいいみたい。

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January 02, 2006

浅草参拝

浅草と言えば浅草寺ですが、少し足を伸ばして千束のお酉様、鷲神社で先に商売繁盛祈願。

asakusa1浅草寺にそれから行ったので、遅くなってしまった。
暗くなってから行ったのは初めて。門が閉まる直前で、鳶のおじさんが「閉めますよッ!!」と言っている脇を潜り抜けて本堂に入りました。

真っ暗な中にライトアップされた本堂や山門は威厳があってっちょっと圧倒されました。
回りに高層ビルなど無く、街灯もない時代、山門を潜った人たちもお山の大きさに圧倒され恐れ入ったのかなぁ。と思ったりした。
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