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July 26, 2009

東洋のゴッホ

木村蒹葭堂とも交流があった浦上玉堂は『東洋のゴッホ』と呼ばれています。

誰が言っているの?と言われれば、ドイツの建築家ブルーノ・タウト

「この人こそ近代日本の生んだ最大の天才である。彼は『自分のために』描いた、そうせざるを得なかったからである。彼は日本美術の空に光芒を曵く彗星のごとく、独自の軌道を歩んだ。」???(・_・)....?

と、褒めちぎったらしいんです。

かなりの親日家だったらしいですよ。

玉堂は延享2年(1745)岡山城下備中鴨方藩邸内で生まれます。

播磨・備前の戦国大名であった浦上氏の末裔で、浦上宗景からは5代目の孫にあたる、由緒正しいバリバリの武士。

鴨方藩の大目付などを勤める程の上級藩士であったにもかかわらず、琴詩書画にふける文化人としての生活を送っていたことから、周囲は冷ややかな目で見ていたみたいですよ。

玉堂の本名は孝弼(たかすけ)字は君輔(きんすけ)通称は兵右衛門、36歳の時より自ら愛用の七絃琴の銘に因み、玉堂琴士と号す。

自分の子供にも『春琴・秋琴』と『琴』を付けるぐらい琴好き。

自由人って感じですよね。しかし、武士に自由はない。ましてや上級武士で武士を監督する大目付ともなるともってのほか。

そんなもんだから、50歳の時、2子を連れ、岡山を出奔。諸国放浪の旅に出ました。

放浪している間に独自の画法を極めたようです。

晩年は京都に定住し、文政3年(1820)没。お墓は京都本能寺にあります。

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代表作

国宝「東雲飾雪図(とううんしせつず)故川端康成蔵」

重要文化財「山雨染衣図(さんうせんいず)」等

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生まれ変わるなら、化政期の商人

1800~1830年のころに唐物問屋とか廻船問屋をやってみたいですね。

文化文政のころの将軍は11代家斉。子供が55人でしたっけ?ゴロゴロ生ませちゃった人。

江戸も後期になると、武士よりも町人のほうが経済力もあり、江戸文化は爛熟を向かえます。

このころ活躍した文化人には

十返舎一九 式亭三馬。 為永春水。 滝沢馬琴。 柳亭種彦。 与謝蕪村。 小林一茶。  太田南畝。 喜多川歌麿。 葛飾北斎 歌川広重 東洲斎写楽。 渡辺崋山。 円山応挙 司馬江漢。

思いつくだけでも、すごい人たちでしょ。絶対名前だけは知っている。

私がなりたいのは、この中には入っていない木村蒹葭堂(きむらけんかどう)

この人は大坂で酒造業を営んでいた商人なんですが、いろいろなものを集めていたコレクターなんですね。

今で言えば、荒俣宏さんみたいな。

どんなものを集めていたかと言うと、

書籍 書画 地図 植物 奇石 貝

日本国内はもちろん、ヨーロッパの本や貝、オットセイ、イッカククジラ、虎の皮

博物館状態ですね。

珍しいものを一目見ようといろんな人がやってくるので、

木村蒹葭堂のお友達がまた、すごいひとばっか

画人では浦上玉堂。 田能村竹田。 谷文晁。 司馬江漢。 伊藤若冲。 円山応挙。

文人では太田南畝。 『雨月物語』の上田秋成。

蘭医の大槻玄沢。

蘭癖の大名 朽木昌綱。

相国寺の大典顕常。

お友達がすごいでしょ。

みんな珍しいものが見たくって集まってくるから、有識者のサロンみたいな感じになっていたんでしょうね。

今の時代でも蒹葭堂コレクションを見てみたいと思いますからね。

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July 07, 2009

朝顔のカーテン

朝顔のカーテン
最近流行りのグリーンカーテンを朝顔で作るには。

根がはるので、大きめプランターにする。

土は弱酸性かアルカリ性にする。
苦土石灰をまくとよい。

グリーンカーテンにするときは、ネットをはる。
一番下のツルは横に這わせると万遍なく一面になる。
あさがおの種は発芽率が悪いので、一晩水につけるとよい。

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8月の七夕

仙台の七夕と並んで、富山の高岡も有名です。
何十年ぶりに降りた駅で迎えてくれたのは、色とりどりの短冊を付けた笹飾りと懐かしい笑顔のおばちゃんでした。
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すっかり忘れていたのですが、8月1日から7日まで「七夕祭り」だったのです。
町のメインストリートには約1,000本の笹が飾ってあり、いろいろなイベントが行なわれるそうです。
駅前には駅舎を遥かに超す20メートルの巨大笹や、願い事の短冊で垂れ下がった笹トンネルがありました。
Tanaba1

「祭り」と聞いちゃぁ、黙っていられない江戸っ子魂。着いたばかりで疲れていたけれど、夕方に町に出て見た。

昼間と違った趣で、赤い火のともった提灯が揺れる笹飾りは幻想的でした。
「セイャー」と騒ぐ祭りもいいけれど、金魚すくいやおもちゃの露天をひやかしながら笹の下を歩くのも、郷愁にかられもの悲しく懐かしく、いいものですね。(って、あんたの故郷はここかい!!ひとり突込み)

昔は願い事をした笹を最後には川に流していたそうです。が、近年、環境を考え取りやめているそうです。
江戸幕府が七夕を年中行事に取り入れてから、今のように庶民に親しまれたそうです。高岡も江戸時代ぐらいから定着したらしいです。
江戸っ子の頃のお願い事はもっぱら、習い事の上達を祈願。織姫の機織からいているのでしょうかね。
しかし、星を見上げロマンチックな気分になっていたのは、江戸っ子と京都ッ子の都会者だけっだったそうですよ。
Tanaba2

「高岡七夕」という日本酒を見つけました。富山の立山もうまいですからね。ちょっと期待。
縁側で蚊取り線香をくゆらせながら、2つの星を肴に一杯。なんて、ロマンチック。
(うちには縁側は無いんだけれど・・・・・)

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July 06, 2009

絶品素麺

絶品素麺
大門素麺(おおかどそうめん)これはうまい(^0^)/
おそうめんが好きだったら是非食べてほしい逸品です。

形がクルクル曲げてあるので、最初戸惑いますが、半生の状態で形を整えるため乾燥に約10日かかる。

おかげでコシが強く、ツユにつけなくともメンそのものが味がうまい。

茹でたあと、よく水を切って冷蔵庫に入れておけば、2日間はのびずに美味しく食べられるそうです。

どんだけコシが強いんだか。

一つ一つが丁寧に重厚感のある紙に包まれているのでお中元や贈答にお勧め。
グルメな人でも唸らせること間違いなしp(^^)qと思う)^o^(

大門素麺の始まりは1848年と歴史は古い。
越中富山の薬売りが加賀前田藩の御用素麺に製造法を伝授してもらったとか。

今では富山県砺波の名産です。チューリップもですがね。

富山のおばさんにもらったときは、買うからまた送って!とおねだりをしてしまった。




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雨女?晴れ女?

私は強い人になびきますね。
雨男、雨女の人がいたら、雨。
晴れ男、晴れ女の人がいたら、晴れ。

なんかそういうオーラみたいのを強く持っている人のことを雨男とか、晴れ女とかいうんじゃないんでしょうかね。
つまり、強い力をもっているんですよ。

私は強い『優柔不断』という力を持っているから、雨の人がいたら雨で、晴れの人がいたら晴れです。

なんたって『O型』で『てんびん座』のダブル優柔不断
どちらでも対応できるという優れた優柔不断なんです。

雨男、雨女に優柔女、優柔男も加えてください (。-_-。 )ノ

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この花の名前がわかる人┐(´-`)┌

5月、花菖蒲の咲くころに咲きます。
生息地は芝地。
草丈、約10㎝。花径、約3,5㎝。

Img_5101

人にきいたところ『ちりめんあやめ』とのことだったのですが、植物図鑑を見ても『ちりめんあやめ』では載っていません。
『あやめ』とは言っても『アヤメ科』ではないそうなんですが・・・・・

誰か名前がわかる人いませんか?

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