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April 08, 2006

江戸の花見の名所

鎌倉時代末、豊島佐衛門が紀州熊野の飛鳥明神と若一王子社を遷したところから、飛鳥山と呼ばれるようになった。
紀州といえば、暴れん坊将軍「吉宗」の故郷。吉宗は紀州と縁のあるこの地が気に入ったらしく、享保五年(1720)から翌年にかけて1270本の山桜の苗木を植裁した。
また、石神井川も紀州にある音無川と名前を変えてしまうほど望郷の念が強かったのかなぁ。紀州の人が北区滝野川辺りを散策したら、故郷と同じ地名を幾つも発見できるんじゃないかなぁ。

吉宗は享保の改革をした人で、「改革には痛みを生じる」?どっかで聞いたような・・・・
質素倹約、奢侈禁止など締め付けで江戸っ子の不満は溜まっちゃうわけだ。
当時、花見といえば上野の寛永寺など神社仏閣で騒ぐことはできなかった。そこで、暴れん坊将軍は羽目を外してもOKの花見を飛鳥山に作ったんだって。ここで不満を爆発させてくれ!ってことなんでしょうね。

秋には紅葉狩りが出来るように、もみじも植えたそうなんですが、今では影を潜めてしまった。
「花見」「蓮見」「月見」「紅葉狩り」「雪見」江戸っ子はそれぞれの四季を楽しんだようですね。
Imgp5722

子供の頃、飛鳥山で遊んだときには木が生い茂った山だったような気がしたんだけれど、こう見てみると平坦ですね。山とは名ばかりの丘、ちょっとした盛り上がりです。初めての人は「どこ?どこ?」と探してしまうかも。

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